

Type Interview 8 / Type Story : フィル・カー (INTP)
フィル・カー(INTP)の年表ショット はるみ:はじめてタイプに出会ったのは、いつ頃でしたか? フィル: おそらく1991年だったと思います。 タイプ記述の紙を渡されて、最初の一文を読んだときの衝撃は今でも覚えています。 たしか「私は、宇宙を理解したいという欲求を持つ深い思索者である」といった内容だったと思います。 「まさに自分だ!」と感じました。 「どうしてこんなに自分のことが分かるんだ?」と。 そこからですね、「自分は変わり者なのか?」とか「何かおかしいのか?」という思いが消えていきました。 「これが自分なんだ」「こういう特性を持っているんだ」「そして、自分のような人が他にもいるんだ」と実感したんです。 本当に目が開かれるような体験でした。 自分自身をそのまま受け入れるという意味で、とても安心できる経験でもありました。 はるみ:そのワークショップのファシリテーターはどなたでしたか? フィル : 名前はシーラかステラだったと思います。 今でもどこかでお礼を伝えられたらと思っていますが、その後、転職もして連絡は取れていません。...
2025年5月6日


Type Interview 7 / Type Story:マーガレット・ハーツラー(ENFJ)
はるみ :マーガレット、これまで私がタイプに関するインタビューをしてきた中で、あなたの名前が本当にたくさん出てきたんです。 それで、「これは絶対にインタビューしなきゃ!」って思ったんですよ。 周りの方たちからも、「マーガレットはENFJタイプで、本物のティーチャーだよ」ってよく聞きます。 マーガレット :本当にその通りだと思います。 私の最初のキャリアは高校の数学教師でした。 とても自然な流れでしたね。 最初の夫はINFPタイプだったのですが、彼があるカンファレンスでタイプ理論に出会ったんです。そこから私もタイプについて知ることになりました。 その後、最初の結婚生活がうまくいかなくなっていると感じたとき、「それなら心理学を本格的に学ぼう」と思ったんです。 大学に戻ってカウンセリングの学位を取りました。修士論文では、「ルームメイトの満足度と性格タイプの関係」について研究しました。 当時はノースカロライナ州に住んでいて、夫が大学教授だったので、その大学でリサーチを行いました。 その後、私たちは別居することになり、私はフロリダ大学で博士号を取得すること
2025年4月20日


🎤世界のタイプ著名人インタビュー集!
世界で活躍するタイプの専門家たちは、自分の性格タイプをどう理解し、どう活かしてきたのか? 実際に長年タイプ研究に携わった方の声を聞くことで、タイプがどのように人生やキャリアに影響を与えているのかがリアルに感じられます。 ▼ この記事では、16Type株式会社 代表取締役 権藤晴美による貴重なインタビューを一覧でご紹介します。気になるタイプから、ぜひ読んでみてください。 16Type株式会社 代表取締役 権藤晴美 ( Linkedin) https://www.linkedin.com/in/harumigondo/recent-activity/articles 他の記事も要チェック✅ 象者 タイプ 📝 英語(原文) 📝日本語 Roger Pearman ロジャー・ペアマン INFP Type Interview 1: Roger Pearman's Type Story Type Interview 1 / Type Story : ロジャー・ぺアマン( INFP ) Bob McAlpine ボブ・マカルパイン ISTJ Type Int
2025年4月14日


Type Interview 6 / Type Story : サンドラ・クレブス・ハーシュ (ENFP)
はるみ: あなたのストーリーを聞かせてください。 サンドラ: 私はペンシルベニア州で、STJの家族の中で育ちました。 家族の中に私のような人は誰もいませんでした。 兄弟や両親とはとても違うと感じていました。 母はESTJ、父はISTJ、兄はESTJ、姉はISTJでした。 そして、そんな中にポツンと私—ENFPの私がいたんです。 小学3年生のサンドラ メアリー・マコーリーによると、イザベル・マイヤーズはよくこう言っていました。 「あなたがチャンネル4で話していて、相手がチャンネル5で聞いているなら、チャンネルを変えるべきなのはあなたの方よ。」 そして、私はSTJの家族の中で育ったので、自分とは異なる世界に適応しやすかったのだと思います。 私のキャリアのほとんどはTJの組織の中で過ごしました。 30歳のとき、私はミネソタ州に引っ越しました。 到着したときは、7歳、4歳、3歳の3人の子どもを育てる専業主婦でした。 地元の図書館で書評を書いたり、授業をしたりといったパートの仕事をしていました。 ミネソタでは知り合いが誰もおらず、長く住むつもりもありません
2025年3月21日


Type Interview 5 / Type Story : メアリー・マクギネス (ENFP)
はるみ: ENFPのベテランタイプトレーナーとして、タイプの世界に足を踏み入れたばかりのENFPにどのようなアドバイスをしますか? メアリー: もしタイプに関する仕事をしたいのであれば、きちんとしたトレーニングを受けることですね。そして、何をするにしても、しっかりとやること。 世の中には、手を抜いたり、簡単に済ませたりする人が本当に多いと思います。短期間で、手軽に終わらせようとする人も多いです。 でも、しっかりとした仕事をすれば、人々はそれを評価し、価値を感じてくれます。 そして、あなたを推薦してくれるようになります。 私はこのビジネスを始めて最初の20年間、一切広告を出しませんでした。 すべて口コミだけでした。 最終的には、毎年20の認定プログラムを運営するまでになりました。 1つのプログラムには少なくとも20人、多い時には35人が参加していました。 もう一つ、ENFPにアドバイスしたいのは、財務管理に気をつけることです。 ENFPは、つい他の誰かにお金の管理を任せてしまいがちです。 その結果、使いすぎてしまったり、マーケティングを忘れてし
2025年2月23日


Type Interview 4c / Type Story : ジョン・ビービー( ENTP )
ジョン・ビービー (4歳) はるみ:誰があなたにタイプを教えたのですか? それはどこで、いつのことですか? ジョン: まず、これは偶然の一致とも言える話です。 私は幼い頃、中国で両親と一緒に暮らしていました。 父(ESTJ)は軍の駐在武官補として派遣されていました。 しかし、母(INFJ)が父と離婚することを決め、1948年11月に私を連れてアメリカに戻りました。 私は当時9歳でした。 私たちはプリンストン(ニュージャージー州)に落ち着きました。 すると、まるで偶然のように、母がEducational Testing Service(ETS)で仕事を見つけたのです。 このETSは後にMBTIを出版することになる機関ですが、母が働いていた当時はまだMBTIを出版していませんでした。 では、誰が私にタイプを教えたのか? ある意味では、私の両親そのものが「タイプの悲劇」でした。 内向的直観(Ni)の母は、外向的感情(Fe)を補助機能として持っていました。 一方、外向的思考(Te)の父は、補助機能として内向的感覚(Si)を持っていました。 二人はまさに「
2025年2月3日

